結婚披露宴ってただの自己顕示欲披露会だよね

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ここ数ヶ月、僕の周りでは結婚ラッシュです。

高校の友達、大学の友達、大学院の友達がバンバン結婚していきます。

幸いなことに挙式にいくつか招待してもらったのですが、式に行くたびに思うことがあります。

それは

「結婚披露宴ってなんのために存在しているの?」

ということです。

 

「せっかく招待してもらったのに、お前はなんて事を言っているんだ」

と怒られてしまいそうですが、そう感じられずにはいられないんです。

 

高い費用をかけて、「自分たちは幸せです」と知人や友人にアピールする行事にしか思えなくなってきました。

出席者も半強制的に最低3万円のご祝儀を払わされ、

「どうして貴重なお金と時間を使って、人の幸せアピールに付き合わなければいけないのだろう」

と、疑問を持ち始めてきました。

 

この披露宴の意義をちょっと考え直すべきだと僕は思うんです。

 



挙式はまだいいけれど、披露宴の無駄な演出が本当に痛々しい

僕は、決して挙式を否定しているわけではありませんよ。

挙式はむしろやるべきだと思います。

新郎、新婦がこれから二人で共に支えあっていく事を誓い合う”儀式的な行事”だと思っていますので。

 

でも、その後の披露宴の意味が全くわかりません。

儀式が終わったんなら、それで終わりでいいじゃないですか。

そのままの足で、新婚旅行にでも行けばいいじゃないですか。

 

どうして大金を払ってそこまでおいしいとは思えない料理を食べながら、「私、今とっても幸せですアピール」を見ないといけないのでしょうか。

 

 

あとなんですか、披露宴でのあのケーキカットというしきたりは。

「夫婦になって初めての共同作業です」とか言ってますけど

 

ケーキを二人で切る事が始めての共同作業でいいのでしょうか

 

もっと、大事な事で初共同作業を済ませた方がよくないですか?

 

 

てか、どうして始めての共同作業を他人に見せつけるのでしょうか。

あんたたち夫婦なんですから、二人っきりでやりゃいいじゃないですか。

見ていて、本当に痛々しいです

 

 

あと痛々しいのが、両親への感謝の手紙の朗読。

本当に感謝しているなら、披露宴になんてものに大金をかけないで、両親と夫婦だけでどこか高級なレストランにでも行って、そこで手紙読めばよくないですか?

どうして、手紙を読むのを他人に見せつけるのでしょうか。

あなたは他人の前でしか、親に感謝を述べるという事ができないのでしょうか。

 

これらの行為全てが、僕にはただの”自己顕示欲披露会”にしか見えないんです。

 

披露宴は女性が主役になれる数少ないチャンスという方々へ

こんな事を飲み会の席で知り合いの女性に話したら

「あなたは本当に最低の男。男は仕事があるから、人生でスポットライトを浴びる機会が多いかもしれない。でも、結婚披露宴は女性が主役になれる数少ないチャンスなのよ。それを否定するなんて、本当に最低!」

と、割とマジトーンで怒られてしまいました。

 

 

でも、反論させてください。

 

現代社会では、仕事以外でも自分が主役になれる機会なんて努力次第でたくさんあります。

あと、今は女性参画社会だから、仕事でもわりと女性がスポットライトを浴びられる時代です。

 

 

そんな時代に、結婚披露宴でしか主役になれない人なんて

「どんなつまらない人生を送っているんだろう」

と思ってしまいます。

 

とってもひどい事を言ってしまいますが、自分の能力では他人に注目される事がないから、お金を使ってわざわざ自分が主役になれる機会を作っているとしか思えません

 

 

スポットライトを浴びたいのなら、自分の力で浴びてくださいよ。

人に必要とされる人間になってくださいよ。

 

偏見かもしれませんが、本当にスポットライトを浴びるような人は、結婚披露宴なんていう作り物のスポットライトに興味がないのではないでしょうか

 

僕の周りで本当に尊敬する人は披露宴をやらないorとっても小規模

では、ここからは僕が「本当に素敵だなー」と思った夫婦の結婚模様を紹介していきます。

 

一組目は、大学時代の先輩のご夫婦。

挙式を神社で挙げられて、披露宴はしませんでした。

旦那さんが多忙という理由もあったのですが、二人とも「お金を払ってあんな恥ずかしい事できない」とおっしゃっていました。

でも、披露宴をやらない代わりに、本当に仲の良い友人だけを招いてホームパーティーをしました。

料理も結婚式で出るような無機質なものではなく、奥さんの手料理や友達の差し入れなどで済ましています。

(僕はとってもいいワインを持って行きました)

 

費用もほとんどかかっていませんし、披露宴でよくやるキャンドルサービスやケーキカットなどという痛々しい演出なんて一切ありません。

 

新婚夫婦も、参加者も全員がほっこりするようなパーティーで、本当に素敵だなーと思いました。

 

そのご夫婦は披露宴に当てるべきお金を、すべて新婚旅行の費用に充てるようです。

素敵すぎる。

 

 

 

二組目は、ビジネス的にちょっとした付き合いがある方の結婚模様。

僕は参加していませんが、挙式は普通に教会でやり、披露宴はその方の友人の経営するレストランで行いました。

レストランのサイズの関係もあったのですが、招待されたのは親族と親友程度だったようです。

 

内容も友達との会話がメインで、あとはレストランの料理の味を楽しむ会になっていたとのこと。

その方は「〇〇君(その方の友人)のレストランの料理が本当においしいから、出席者の方々にも楽しんでもらいたかった」と力説していました。

 

ご祝儀代がすべて料理に反映された、すてきな披露宴になったとのことです。

本当にいい!

 

 

 

もちろん、全員が全員こんな結婚をしろとはいいませんが、その人にあったスタイルで結婚をするというのは本当に素晴らしいと思います。

 

目的と手段をはき違えている人が多すぎる

さて、今この記事を読んでいる方、特に女性の方は僕の事を嫌いになっているでしょう。

多分、炎上するかもしれません。

でも、やっぱり言いたいんです。

 

結婚披露宴って手段であって目的ではないんですよ

結婚という誓いの儀式を目的とした手段です。

 

しかし、現代日本ではなんだか結婚披露宴が目的となってしまっている感が否めません。

披露宴に全精力をそそぎ込み、結婚という儀式自体の目的が薄れている気がします。

 

キリスト教徒でもないのに教会に行って、聖書の言葉も全く知らないのに牧師さんの言葉にウンウン頷いているのがその証拠です。

キリスト教徒じゃないならせめて神社に行けよと言いたくなります。

 

 

「二人でこれから支え合うという誓い」をもっと大事にすることはできないのでしょうか。

その誓いに、あれだけの費用をかけてくだらない演出を親族や友人に見せつけるという手段は必要なのでしょうか。

もちろん、その目的にどうしてもド派手な披露宴が必要というならば僕は否定はしませんよ。

でも、大多数の人がブライダルサービス業界の人たちの罠にまんまとひっかかっているだけだと思います。

 

 

 

世界から見たら日本の結婚式の様子は本当に異常だと思います。

今一度、披露宴の意義というものを考え直すべきではないでしょうか。

 

 

 

 

 

と、こんな事を言っていたら一生結婚できないだろうなと思う五月の夜でした。

科学と音楽と猫が好きなScientistです。

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