小保方博士のSTAP細胞は実際にあったと騒いでいるネット住民は少し落ち着いて
2016/3/25追記
↓追記事です。みなさんに読んでほしいです。
小保方さんが正しかった説がまた流れていますが、みなさん冷静に
小保方晴子博士が発表したSTAP細胞(現象)は実際にはなく、研究不正だったというのは記憶に新しいところですが、このSTAP現象は実際に存在することが他国の研究チームによって証明されたと今ネット上では大騒ぎになっていますね。
ことの発端はこちらのブログからのようです。
小保方晴子さんの発見は真実だった!ネイチャーにマウスの体細胞が初期化して多能性を持つ「STAP現象」がアメリカの研究者により発表されました。
実際の論文は以下のリンクから閲覧可能です。
Characterization of an Injury Induced Population of Muscle-Derived Stem Cell-Like Cells
(英語の得意な方は読んでみてください。なかなか面白い論文ですよ。)
この論文について素人のみなさんがあーでもない、こーでもないと議論していますが、ネット上での意見には明らかな間違いがたくさんあります。
ですから、この記事では今の所何が正しくて、何が間違っているのかを今ここではっきりと解説していきます。
みなさん、一旦冷静になって小保方さんへの評価をまた見直しましょう。
目次です。
Nature紙で発表されたというのは間違い
今回の騒動では、「STAP現象のような実験が掲載されている論文はNatureで、Nature自らが自分の過ちを認めた」という意見が飛び交っていますが、今回の論文が掲載されたのはNatureの姉妹紙(子会社のようなもの)であるScientific Reportsという雑誌で、Natureとは全くの別物です。
雑誌の影響度を測るために、トムソンロイター社というところがインパクトファクター(IF)という数値を公表しています。
これは、簡単に言えば、その雑誌に掲載されている論文が他の論文でどの程度引用されているかを示す値で、社会的に影響力の大きい研究ほど他の研究論文で引用されることが多いですから、IFの数値は大きくなります。
NatureのIFは例年30越えで、驚異的な数字ですが、今回のScientific Reportsは2015年は5.5〜5.6となっています。
Scientific Report紙は雑誌のランクとしては(特に誰でも閲覧可能なオープンジャーナルとしては)なかなか優秀ですが、Natureと比べると雲底の差があると言えます。
ですから、「Natureに掲載されるような素晴らしい研究で小保方博士の無罪が証明された」という意見は完全なる間違いです。
STAP現象が再現されたというのは間違い、ほんの一部だけ正解
今回の論文では小保方博士が主張するSTAP現象が完全に再現されたわけではありません。
ただ、発想としては似ていると言えます。
ここでDiscussionの初めの部分を翻訳します。
この翻訳で、大体の感覚が掴めるかと思います。
Discussion
The existence of pluripotent-like cells in adult tissues has been a matter of debate for years, since inconsistent results have been reported by various groups9,10,11,12,13,14,15; however, no study thus far has proven that such pluripotent stem cells can arise from differentiated somatic tissues. In this study we reveal that cellular reprogramming can be initiated by the strong stimuli that occurs when skeletal muscle is injured; thus, we were able to isolate reprogrammed iMuSCs from the injured skeletal muscle.
翻訳
成体組織における分化全能性細胞(どんな細胞にもなれる細胞)の存在は、長年の論争の種となっています。しかし、これまでの研究では、そのような分化全能性細胞は、すでに分化した体細胞組織から再生されることは証明されていませんでした。本研究では、骨格筋が損傷するときの強い刺激により、細胞のリプログラミングが開始されることを明らかにしました。
今回の研究の実験手法は以下の図の通りです。
まず、マウスの筋組織細胞を傷つけ(何で傷つけたのかはマテメソに書いてない涙)、そして傷ついた細胞を単離し、培地上で培養します。
すると、コントロール(傷ついていない細胞)とは違って、実験群(傷ついた細胞)では、明らかに細胞の初期化のような現象が起きていることをこの研究では明らかにしたのです。
(初期化現象を確認するために様々な遺伝子の発現確認や、細胞の形態観察、そして実際の再生実験を行っています。詳しくは論文を読んでください)
小保方さんのアプローチは、細胞を直接傷つけるのではなく、弱酸性の溶液に浸すことで細胞に刺激を与えていました(まあ、再現できていませんでしたが)。
つまり、今回の研究結果が真実であるならば、外的な刺激によって細胞の初期化が起きるという事実に間違いはなかったことになります。
アプローチは違えど、小保方さんのSTAP細胞とは根本的な部分では発想は同一だったのです。
今回の細胞(iMuSCs)とSTAP細胞の根本的な違い
ただ、実の所、今回の研究で筋組織から初期化された細胞は、完全な初期化をしているわけではありません。
大多数の初期化のプログラムが活性化されていますが、iPS細胞や小保方さんが主張していたSTAP細胞とはいくつかの相違点があります。
① 初期化は起きるが、筋組織特有の遺伝子はまだ少し活性化されている(iPS細胞では完全に初期化される)。
② germline transmissionが起きない。←これが一番致命的!
germline transmissionとはES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞が生殖細胞に分化でき、多能性幹細胞由来の遺伝子がキメラを介して次世代に伝わること。これにより、全身がその多能性幹細胞に由来する個体が産まれる。
③ 初期化関連遺伝子の発現がまだまだ低い。
ですが、著者は最後のconclusion(結論)でこのように述べています。
Further manipulation of the iMuSCs, such as the inhibition of DNA methylases or Nanog overexpression, could potentially push the iMuSCs to achieve full pluripotency.
簡単に翻訳すると
「さらなる改良を加えれば(iPS細胞のような)完全な分化全能性を持った細胞を作れるのではないか」
と述べているのです。
この改良点をどう克服するか、見ものですね。
今回の研究結果で小保方さんが正しかったという意見は間違い、ただ小保方さんのアイディアは少しは見直すべき
では、今回の研究結果で小保方さんが”完全無罪”かと問われると、答えはNoです。
小保方さんは再現実験として長期間の時間が与えられても、自分の方法(弱酸性液に細胞を浸す)では、細胞のリプログラミングを起こすことはできませんでした。
それはつまり、実験手法が何かしらの原因で間違っていたことになります。
また、彼女が行った研究不正(電気泳動写真のコピペやサンプル写真の流用)などは紛れもない事実ですので許されるべきではありません。
ですが、これまでの結果から判断するに、彼女が持ちつづけていた根本的な発想である「細胞は外的な刺激によってリプログラミングされる」というアイディアは、決して間違っていなかったことになります。
まあ、いずれにせよ、今後のさらなる研究で細胞の初期化のメカニズムに関してはさらに明らかにされていくでしょうから、小保方さんの研究の真偽は明白になることでしょう。
ネット上で「小保方さんはやっぱり正しかった」や「いや、論文にはそんなこと書いてねーよ」と騒いでいるみなさん。
一回落ち着いて、余計なデマを流さないようにしましょう。
とりあえず今はゆっくりと静観する程度でいいのではないでしょうか。
余談ですが
ふと、考えてみると、この研究成果はScientific Reportsでは少しもったいない気がしますね。
「Nature確実」とは決して言えませんが、IF10以上の雑誌(例えばPNAS)などでも決して遜色はない研究結果だと思います。
Scientific Reportsはラピッドペーパーと言って、論文の掲載がとても早い雑誌です。
研究者はこのようなラピッドペーパーを、とある時によく使います。
それは
「競合している研究者が自分と同じような結果を論文に出そうとしているとき」
です。
例えば、ライバルの研究者が自分と全く同じ結果の論文を超大手の雑誌で出版しよう聞きつけたら、自分も速攻で研究成果をまとめて、ラピッドペーパーで出版してしまうのです。
すると、ライバルの研究者は自分の研究成果を公にはできなくなります。
ひょっとしたらですが、幹細胞の研究は世界各地でものすごく盛んですから、この研究グループの他に同じような結果を出したグループがいて、今回の研究のリーダー(Li博士?)が焦ってラピッドペーパーでスパッと出版してしまったのかもしれませんね。
サイエンスジャーナリストはNatureやScienceのような超大手の出版社には常に目を光らせていますが、それ以外の雑誌にはそこまでのアンテナは張っていません。
そのせいで、この研究は出版されてから”すぐ”ではなく、しばらくたってから日本で騒がれだしたのかもしれません。
まあ、あくまで個人的な推理ですから、この意見だけを拡散しないでくださいね笑
さらに余談ですが
この記事を公開しましたらなかなかの好評なようで、SNSでたくさんシェアされ始めています。
そしてらFacebookでこんな質問をされましたので、僕なりの考え方を紹介します。
質問
「今回、筋組織から初期化された細胞がiPS細胞の脅威になることはないのか」
僕なりの答え
おそらく、あと20〜30年ぐらいはiPS細胞がぶっちぎりだと思います。
研究のリソースが世界各地で整っていますし、もう臨床試験も始まっていますから。
しかも、今回の研究では、まだまだ初期化のレベルに問題があります。
そして、論文の筆者たちはその理由として、エピジェネティックス的な原因を上げています。
このエピジェネティックスという言葉は説明をするのがとても難しいので、ここではスルーしますが、このエピジェネティックス的な問題を解決するのは相当な努力と時間とお金がかかるかと思います。
それぐらい、生物学的に複雑なプロセスなのです。
ですから、すぐにiPS細胞の価値が下がるということは決してないと思います。
ただ、何度も言う通り、筋組織に傷をつけるだけで初期化のような現象が起きるというのはなかなか面白いので、研究が発展すれば将来的に医学的な応用につながるかもしれませんね。